2013年11月10日日曜日

富士川の合戦一の美男、光源氏の再来とまで騒がれたその人の名は…?

 クイズ番組ではないので、答えを先に書きましょう。平維盛です。清盛の孫。重盛の息子。光源氏の再来と称され、桜梅少将と呼ばれました。平氏嫌いの公家でさえ、維盛を美しいと絶賛したぐらい。

 富士川の戦いでは23歳。出陣の姿は、赤地錦の直垂(ひたたれ)、萌黄の大鎧。馬は連銭葦毛といいますが、グレーのまだら馬です。そして金覆輪の鞍、これは前後が金で縁取りしてあるという豪華な鞍です。
 副将軍の忠度はというと、紺の直垂、黒糸おどしの鎧。そして馬は黒毛。沃懸地の鞍といって、漆塗りに金銀粉をちりばめた…まあ、ラメ鞍ですね。
 とことんビジュアル系の2人。並んだ姿はそれはそれは美しく、絵にもかけない美しさ。…だからでしょうか、絵は残っていません(たしか)。
 
 富士川の戦いには、義経はまだ馳せ参じてはいません。しかしながら、仮に義経がいたとしても、やはり合戦一の美男は維盛なのです。
 え?義経、美男でしょう?と思った歴女のあなた! そのお気持ちはよくわかります。それはそれで、歴史小説のロマン。
 しかし、源義経については、小柄で出っ歯の男であったという記述が残っているだけで、美男とはどこにも書いてないということです。
(新・平家物語では、出っ歯で小柄な義経は、十郎行家の息子で、敵を欺くための偽義経ということになっていますが。)
 
 戦はビジュアルでするものではありません。ゲームじゃないんだから。
 さらには、平氏は陣中でみやびな管弦を奏で、杯片手に物見遊山だったという、とんでもない記録が残っており、当然ですが、負けちゃったのです。

※ 写真はトリカブト。花の形が烏帽子(えぼし)に似ていることから。烏帽子をつけるのは元服のしるしでした。元服してから初陣です。

 トリカブトは秋の野山に咲く花で猛毒。鏃に塗る毒に用いられることもあったとか。
 ブスというのはトリカブトの毒のことをいいますが…そうです、醜女を意味する言葉でもあります。トリカブトの花は見た目は雅で、醜女どころか、白拍子クラスでしょう。
 が、含毒。毒と書いて(ぶす)と読ませる読み方もあります。ブスってのは必ずしも見た目じゃないよという、なにやら教訓めいたお話に聞こえてきませんか?



暦占VS兵力、富士川(フォッサマグナ)を挟んで合戦するも・・・

 1180年の話です。頼朝旗揚げの知らせが京の都に届き、清盛は討伐の命令を出します。旧暦九月五日のことですから、頼朝が安房の国にいた頃。が…。討伐軍はなかなか出ない。出陣の日取りを巡ってすったもんだしていたため。お日柄がいいとか悪いとか。そして、旧暦九月二十九日(10月19日)にようやく京を立つのです。その間に頼朝は安房の国を出て、浅草で諸将と合流。つまり、頼朝に再起の時間を与えてしまったというわけです。
 
 総大将は清盛の孫、維盛ですが、実質、軍を取り仕切っていたのは、維盛の乳父(めのと)、つまり養育係の藤原忠清。忠清が「お日柄が悪いですぞ、若」とかなんとか言っていたんでしょう、きっと。
 まあ、暦占で日取りを占って戦っていた武将はたくさんいます。なんと、頼朝の先祖である源頼義が安倍宗任を攻めた時にも、忌日には攻めたくないといって延期したという話が伝わっています。暦占で忌日とされると出陣はナシ。

 忌日はつまり、具注暦の中の凶会日(くえにち)ですが、干支の陰陽が不調和の日です。枕草子にも登場する話題です。たとえば正月は、辛卯、庚戌、甲寅の日が凶会日となります。

 さらに、十死日、絶命日も忌日で、今の暦占とほぼ同じですが、十死日は正月、四月、七月、十月の酉の日、二月、五月、八月、十一月の巳日、三月、六月、九月、十二月の丑日。
 絶命日は春の巳と酉の日、夏の亥と未の日、秋の亥と寅の日、冬の巳と丑の日。そして春は庚辛日、夏は壬癸日、秋は丙丁日、冬は戊己日、土用は甲乙日、というのもNG!そしてきっと…黒日もあったのでしょうね。黒日は、正月戌、二月辰、三月亥、四月巳、五月子、六月午、七月丑、八月未、九月寅、十月申、十一月卯、十二月酉。以上は節切り月、つまり十二支月です。
 さらには、三、五、九、十一、十五、十七、二十一、二十三、二十七、二十九日は除外されるので可とあり、ただし小の月の晦日はダメ。…ということは、この日付は、朔望月でチェックするわけですね。ええい、ややこしいっ!
 その他に、その日の凶方位に向かうのであれば方違えも必要だったのでしょう。…そんなことしていたら、負けちゃうでしょ。どう考えたって~。
 
 合戦前夜。つまり旧十月二十三日の夜(1180年11/12)。突然、水鳥の羽音が響き渡る。平氏は、その羽音を敵の夜襲と勘違い、(合戦の約束は明日だろ~、ええいっ卑怯だぞっ、とうろたえながらも)全員逃亡。翌二十四日の朝方、源氏方は、富士川で勝鬨の声を三度あげたといいます。戦わずして勝ったわけですが。

※ 歴女なんですね、秋月さん、と言われました。いいえ、暦女と呼んでください。