2015年1月13日火曜日

「オープン・セサミ」すら唱えずに鍵があいてしまった奇跡の体験、世の中に1本きりの鍵なんてない

                   
 Open Sesame(開けゴマ)は、千一夜物語の中で、アリババが洞窟の扉の鍵をあけるのに使った呪文。
 一説によればあの台詞は「Open, says me」であり、単純に「開け!(と私は言う)」、いわば言魂として扉を開ける力があった、という説があるのだが、しかしその説が仮に正しいとしても、これはまったくウケない説である。つまり、このお話を読んだ人たちは、「オープン・セサミ」、開け胡麻!で、洞窟の扉が開くことを、望んでいるといってもいい。
 
 では、なぜゴマなのか? 
 胡麻の莢は、熟するとホウセンカのように種がはじけて開くという。だから、「開け!胡麻の(莢の)ように」という(照応論の)オマジナイの言葉なのだという説が、もっともらしいように思える。
 いやいや、胡麻は護摩に通じるのではないか、という説もあるらしい。つまり、ゴマというよりスパイス。スパイスの魔力で扉をあけよう、ということか。
 あるいは、胡麻パワー(セサミン)は、力の源だからという説。胡麻さえあれば、不可能も可能になるぐらいの元気が出るということなのか。

 
 ゴマ(胡麻、学名:Sesamum indicum)は、考古学の発掘調査によれば、紀元前3500年頃のインド、そしてオリエントが栽培ゴマの発祥地であるという。かつては日本でも栽培されていたのだが、それは当然のことながら、仏典や絹などと一緒に、日いずる国日本へとやってきたものなのだろう。経典と一緒にというあたりが、なにやら有り難く感じられるではないですか。
 しかし今、日本で胡麻の栽培をしているところは九州の一部ぐらいだという。どうりで。胡麻の花なんてみたことないわけだ。胡麻の花の写真を図鑑でみつけたが、シソの花のようである。それもそのはず、胡麻は紫蘇の親戚みたいな関係性にあたる。へ~、そう。と、わかる人にしかわからない駄洒落は置いといて。


 さて。人は自分の家のドアや金庫に鍵をかける。鍵の歴史は古く、最も古い鍵は紀元前2000年頃のエジプトで用いられていたものだという。物の所有の概念があるからこそ、人は財産を作り、富を蓄えるようになり、そして、鍵を必要とするようになっていったのである。動物の世界には鍵はないから。
 
 
 鍵と鍵穴。合う鍵を持っていれば鍵穴はあく。パスワードを正しく打ち込めばログインできる。しかし、合わない鍵を無理やりつっこんでも鍵は開かない。違っているパスワードを入力しても撥ねられる。が、金庫破りは鍵がなくても鍵穴を開けてしまう技術を駆使して行われる。パスワードに至っては、4ケタの数字であれば、1時間もかからずにパスワード破りができてしまうという。 とはいうものの、Open Sesame!の呪文なら、1発。そう、万能の呪文である。
 
 しかし、まったくの偶然で、Open Sesame!の呪文もなしに、鍵が開いてしまうこともあるのだ。本当に偶然に、一発で。そんな偶然に遭遇することって、生涯のうちにそう何度とはないと思うが、その奇跡のような瞬間に、私が遭遇してしまった実体験のお話をここに書こう。
 
 
 今から何年か前のこと、我が家の車を車検に出した。いつものディーラー。車検が終わって引き取りに行ったのは夕方過ぎ。工場がそろそろ閉まる頃だった。支払いを済ませ、工場の出入り口に回る。
「キーはつけてありますよ。」と工場長氏。わずか3日ほどしか預けていなかったにもかかわらず、「おお、無事にメンテナンスが終わって。」と、私はいそいそと車のドアを開ける。車内は掃除機+消臭剤シュッシュで、まことにさっぱりとしており、掃除嫌いな私としては、大助かり。「さて、帰るか。」と、3日ぶりの我が車に語りかけるように運転席に乗り込む。
 
 たしかにキーはついていた。しかし、そのキーには、ぬいぐるみキーホルダーが付いている。なにこれ?私のではない。サービスのつもりなのか。しかしそのキーホルダーは薄汚れていた。誰の?
 私は運転席のドアを開け、ちょっと離れた場所で書類をチェックしている工場長氏に呼び掛ける。
「あの~、このキーホルダーですけどお。」すると工場長氏が顔を上げる。「え?」
「このぬいぐるみのキーホルダー、私のじゃないですけどお。」「っていうことは、キー間違ったのかな?」と工場長氏。壁に掛けてあるキーをひととおりチェックしてから、「それですよ、間違ってないと思うけど…ちょっとエンジン掛けてみて?」
「ああ、そうですね。」果たしてエンジンはかかった。そう、かかってしまったのである。ということは・・・。これはうちの車のキーということだ。しかし、なんでこんなのがついてる?
 
「でもあの、とにかくこのぬいぐるみ、お返ししておきますよ」と、私はぬいぐるみキーホルダーを外しにかかる。なんだこれは?ウサギか?クマか?ネコかタヌキか?はたまたマシュマロか茹で卵かきのこか? それとも細菌か?よくわからんが、どうにもふにゃらけてばかっぽい顔のぬいぐるみである。そして、ずいぶんと外しにくいよ、これ。

「で…最初についていたキーホルダーは外しちゃったんですか? 最初についてたの、ほら、金属製のキーホルダー。あれつけて帰りたいんですが。」と私。

「え?ええっと、お預かりしたままですよ、何も外してないですよ。」「でも・・・これ、これは私のじゃないんですけど。」
「え?でも、エンジンかかったでしょ?」「はあ、まあ、確かに。でも、このぬいぐるみは外しますね。」

 ・・・キーホルダーを外しちゃったのか、しょうがない、なんでこんなものに替えたんだ? まあいいや、そんなに高いものではないから、いいよ、別なのを買おう。と私は考えながら、ぬいぐるみキーホルダーと格闘中。きーっ、外れないじゃないのよ。こいつ、ばかっぽいくせにっ! もうやだ。なにこれ。なんなのよ、そうだ、鋏はないか?鋏。

 どうでもいいことを必死にしようとしているとしかみえないおかしな客を、冷ややかに眺めながら工場長氏が、ぼそっと言った。
「ええとね、今、同じ車種がもう1台入っているんですけどね、ええと、○○君~。」と、工場長氏は、(別な用事を思い出したのか)整備士君を呼ぶ。
 つられて工場の奥に目をやれば、ほとんどうちの車と変わらないような車が1台。むこうのほうがグレーっぽいだろうか。見た目ほとんど似ている。同じ車種であるが、年式はちょっと違う。

 ふうん。私は何気なくその車に近づいていったのだが・・・。あれ?うちのカギじゃん。あの金属製キーホルダーは。
「あの、このキーですが。」「え?」「それです。」「え?だって…」と整備士君がキーを回す。その車のエンジンがかかる。
「いえ、それがうちのキーなんですが。」「え?だって、そちらの車はさっき、そっちのでエンジンがかかったでしょ?」
 
「ちょっとそのキーを貸してください。」(正しくは返してくださいであるが)
 客の言うことなので、拒否できないという雰囲気で、しぶしぶと整備士君が渡してきたキーをさしこんで回してみると・・・はたしてうちの車のエンジンはかかった。そりゃそうだ。これが、うちの車のキーなんだから。
 
「ありゃ。」とびっくり顔の工場長氏。「これね、きっとそちらの車のキーですよ」と私はぬいぐるみキーを渡す。半信半疑でキーを回す整備士君。すると、その車のエンジンもかかったのである。まあ、そりゃそうだ。キーはどちらも、あるべきところに戻ったのである。
「ありゃー。」
「ちょっと貸して」と、私はもう一度、キーを取り替えっこする。またしてもエンジンはかかった。それを見て、整備氏君もキーを回す。やはりエンジンはかかった。
 そう、ややこしい話だが、我が家の車と、よく似た車(注。車種は同じ)の間で、キーの取り替えっこが成立してしまったのだ。
 
「ちょっと・・・」工場長氏は、2本のキーを並べて、まじまじと見比べる。整備士君も覗きこむ。
「こんなことって…あるんですね。」と、工場長氏は、2本のキーを両手に1本ずつ持ち、蛍光灯の下にかざしつつ、左、右、左、右、左…と首を回して何回も見比べてから、はーっ、とため息をついた。そう、その2本のキーは同じパターンだったのである。
 
 車とキーとの関係性は1対1である。しかし、何万台もある車のすべてに、違うキーを作ることはできない。何万通りものキーを作ることになるからだ。聞いた話によれば、車のキーは、ひとつの車種に対し、2400パターン程度であるらしい。そう。もしも、2400本のキーをすべて揃えて、片っぱしから試したら、必ず開くということだ。しかし、同一地域で販売する同じ色の同じ年式の車2400台は、すべて違うキーとするそうである。
 その車と我が家の車は、色は似通っているけれど、年式はちょっと違う。違うのだが…。キーは同じパターンだった。そのキーが同じパターンの車が…。同一日に、同じ整備工場に入ったのである。しかも、同車種、2台きり。
 
「ううん、こんなことって、あるんですね。」「いやあ、まさかとは思ったけど」「キーパターン・ツインって言う感じですかね」
 3人は2本の鍵をかわるがわる手にとって見比べつつ、「ふ~ん」「へえ」「ほお」を連発。めったにない場面に遭遇して、ちょぴり感激した雰囲気。外はすでに真っ暗になり、整備工場の中が、まるで魔法のランプをたくさん灯した不思議の洞窟のように感じられたあの夜のこと。
 
 Open Sesame!の呪文もなしに、鍵が開いてしまった、そんな偶然に遭遇することって、生涯のうちにそう何度とはないと思う。その奇跡のような瞬間に、遭遇してしまった実体験のお話、ここにあり。   (秋月さやか)



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