2016年7月17日日曜日

忘れないで、忘れたい、やっぱり忘れられない。花占いではありませんが。

  「忘れな草」はムラサキ科の花で、 儚く青い色の寂しげな雰囲気からなのか、その名前の由来には悲恋の伝説がつきまとう。
 昔、ライン地方で、恋人のために岸辺に咲く青い花を摘もうとした若者が、足を滑らせて河に落ちてしまう。溺れながらも「ボクを忘れないで」と差しだした花…から名づけられたというもの。
 水辺は危険ですので気をつけたほうがよいです。つまり、この花の咲いているところは水辺で足場が悪いからね、という危険シグナルサインとしての命名、戒めとしてのお話なんじゃないかと思えますが。しかし男性にとっては、「できもしないことするんじゃないぞ、溺れるから」という意味を込めて、女性には愛を確かめるために無理難題を吹きかけると大変なことになるぞ、とこれもまた戒めを込めて。
 
 ところで、和製「忘れな草」として登場するのはコマクサ。夏山登山のハイライト的な花ですが、コマクサが生える場所というのは、間違いなく危険な崖です。コマクサが生えているところ、何回か行きましたけれど、高所恐怖症の私にはなかなか辛い場所でありました。ので、もう行きません。

 そのコマクサ伝説ですが、言い寄ってくる相手を諦めさせようとした娘が、「私のこと本気で好きなら、コマクサをとってきて」と若者に告げるのです。コマクサは、危険な鉱高山に生えているのでありました。これで諦めてくれるだろうと考えたわけですが、そうはならず、若者、本気にして山に登り、足を滑らせて帰らぬ人になってしまったというストーリー。しかしこれはコミユニケーションスキルが低すぎの悲劇でしょう? 言いたいことと反対のこと、言ってますよね。
 それどころか、たしかに忘れられなくなってしまうでしょう。だって、一生、その重荷を背負って生きてかなきゃならないんですよ。という意味で、やはり戒めのお話でありましょう。
 
 そして「忘れ草」というのはヤブカンゾウの花。中国の古典「延寿書」に忘憂草として登場し、万葉人は憂さを晴らすために、ヤブカンゾウの花を身につけたのだとか。ヤブカンゾウに、何やら緊張を緩和するようなアロマテラピー効果でもあるのかと思って調べてみましたが、そういうわけではなさそうです。
 ヤブカンゾウはほのかに甘く、食べることもできます。「甘味」には憂鬱を晴らす力があるというあたりから来た伝承でしょうか。だからヤブカンゾウは猪や鹿に、すぐ食べられちゃうんですよ。ホンカンゾウの蕾を干したものは金針菜で、中華料理に使います。キスゲもカンゾウの仲間で、花は甘く食べられるそうです。ですが、ヤブカンゾウはカンゾウ(マメ科)とは異なる花です。漢方薬の甘草はマメ科のカンゾウのほうです。
 
 ただし、大伴家持は、こんな歌を詠んでいます。「忘れ草 わが下紐に着けたれど 醜の醜草 言にしありけり」
(現代語訳大意→忘れ草は(嫌なことを忘れられる草っていうから)、下着につけてみたんだけれど(全然効かないじゃないか)、このオタンコナスのブス草!大嘘言いやがって。)
 下着にヤブカンゾウの花をつけて、ええいこのブス!と悪態をついていたんでしょうかね。いっそ下着になんか着けずに、食べれば良かったのでは? 
 
 「想い草」というのもあります。これはシオン(紫苑・菊科アスター属)、野菊の仲間です。
 中国の伝承ですが、昔、父を亡くした兄弟があり、兄はその墓に忘れ草(ヤブカンゾウ)を植えて辛い思い出を忘れようとしました。でも弟のほうは、墓にシオンを植え、日々、泣き暮らしていました。そしてもうすぐ1年がたつという日、ある晩、夢に鬼(鬼神)があらわれ、「今日から毎晩、夢で明日起こることを教えてやろう」と言われるのです。こうして夢見の力を得た弟は、そのおかげで、幸せに暮らしましたとさ。という話なのですが…いや、このお話はいつまでも過去ばかりみていてはいけないという戒めにも思えます。
 シオンの花を飾ったら予知夢がみられるのでしょうか? 過去を想い偲ぶ夢だけでなく、未来を信じる予知夢が? シオンには「十五夜花」の異名がありますが、それは花が旧暦八月満月の頃に咲くためです。
 
 「都忘れ」は野菊の仲間。承久の乱で佐渡に流された順徳上皇(じゅんとくじょうこう・第84代天皇)が、「この花を眺めれば都のことを忘れられる」としたところからの命名。でも、よく考えると、このお話はパラドックス。忘れたいと思うのは、忘れていないからでしょう? 忘れようとしても忘れられない切なさともどかしさが伝わってくるようなエピソードであります。

 順徳上皇は「いかにして契りおきけむ白菊を 都忘れと名づくるも憂し」という歌も詠んでいるのですが、「どのような経緯であったにせよ、今は縁のあるこの白い野菊を、都忘れと名付けてみたのだが、しかし嘆かわしい(気分が晴れない)」っていう感じでしょうか? 都忘れは紫が好まれるそうですけれど、どうやら白だったようですね?
 
 なお、「都忘れ」は、ミヤマヨメナ(シオンの仲間)のことと考えられています。ヨメナは、春になればその若葉を食し、秋になれば花を愛でるといった野草で、都ではなく、地方の風景に似あう花であったようです。都から遠く離れた地を「住めば都」にはできなかったという順徳上皇。ミヤマヨメナの花を眺めるたびに、宮中で咲き誇る大輪の菊を想い浮かべていたのでしょうか。
 別れちゃった元カノを想い出しながら、目の前の今カノとつきあっている男の悲哀のよう。こういう時こそ、下着に「忘れ草」のヤブカンゾウの花をおつけになるべきだったのではないかしら、と思うわけです。
   (占術研究家 秋月さやか)

※ ヤブカンゾウの花。甘いので、イノシシやシカが食べにきます。下着につける気にはちょっとならないけれど、入浴剤とかならいいかも。


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