2016年7月17日日曜日

イクチオヘモトキシンは背徳の味?! 


 鰻(ウナギ)、お好きですか? 鰻と聞いただけで、あの甘い香りのたれの匂いが…記憶の中に煙たさと共に蘇り、バーチャルに鼻をくすぐるぐらい、私も!鰻が好きですよ~。でも、鰻よりも穴子のほうが好きかな~。う~ん、どっちもいいな~。 

 ところで。鰻は生食が不可能な魚。サシミ好きな日本人といっても、鰻を生では食べない。それは何故か。鰻の血液中にはイクチオヘモトキシンという血清毒が含まれているから。
 これは哺乳類にとって有毒な成分で、もしも生鰻にかぶりつけばどういうことになるかというと、下痢、吐き気などの中毒症状を訴え、大量に食べると死に至ることもあるのだというぐらい怖い成分。ちなみに穴子にもイクチオヘモトキシンが含まれているそう。
 しかしイクチオヘモトキシンは60℃で5分以上加熱すれば変性して毒性を失うため、従って、加熱処理した鰻は問題なし! 蒸したり焼いたりした鰻は、まったく安全な食材なのでありました。
 といっても、毒は薬に。薬は毒に。無毒化したといっても、もしかしたらイクチオヘモトキシンには何らかの薬効があるのではなかろうかという気もしないではありませんけどね。だから人々は、鰻を食べたがるのではないだろうか、と。
 
 日本だけではなく、鰻はかつて中世ヨーロッパでは人気の高級食材であったということです。ヒポクラテスは「うなぎの食べ過ぎなどによる肥満は人間の体の最大の敵」と著述しているそうですが、しかし、それは消費カロリーが低い(働かない人たち)の場合でしょう。

 ローマ教皇のマルティヌス4世は、白ワインと蜂蜜の鰻の焙り焼きが大好きで、なんとその鰻の食べすぎで命を落としたという伝説が。。。
 ダンテの『神曲』では、マルティヌス4世は煉獄で大食の罪を償っているという設定になっており、高級グルメ&大食のダブル重罪。
 しかし、「鰻を食べ過ぎて死んじゃった」の詳細については、①含め以下のように多々の可能性が考えられると思うわけで、たぶん正解は④あたりだったような気もするわけですが。

①大食で消化器トラブルから死に至る。それが鰻じゃなくても過度の大食は危険。
②うっかりと生焼けの鰻を食べてしまったためにイクチオヘモトキシン中毒に。
③鰻に限らず高カロリー食材の食べ過ぎでメタボ&高血圧&血液ドロドロに。
④好物の鰻に毒を仕込まれ(好物だから警戒が緩んで)、あっけなく毒殺。
⑤死の間際に鰻食べたいと懇願、それが鰻を食べながら死んだという伝説に。

 さて、マルティヌス4世の戒めがあるとしても、それでも鰻の人気は衰えず。そして 鰻といえば、ロンドン名物鰻料理! ロンドン動物園が閉園になるかも知れないという頃(今から20年ぐらい前)、友人に一緒に行こうと誘われ、ガイドブックでロンドンの食べ物事情を調べましたよ。鰻のゼリー寄せ、そして鰻パイ、食べてみたいっ! (浜名湖のじゃなくて。)
 しかし結局、ロンドンのガイドブックを3日程読んだだけで、鰻パイの空想は終わりました。仕事が忙しく、どうにも無理だ、っていう状況になってしまったから。ああ、幻の鰻パイ。といっても、ロンドンの鰻パイはテムズ河の鰻ではなく、オランダ辺りからの輸入鰻を使っているそうですが。(そしてロンドン動物園は、結局、閉園しませんでした。)
 
 ヨーロッパではヤツメウナギも食べます。ヤツメウナギといっても、これは鰻ではなくまったく別の生き物、ヤツメウナギ科で、なんともグロテスクな生き物でありますが。ヨーロッパではローマ帝国の頃から食され、皮も肉も鰻よりも固い食感であるため、貧しい人々の食料となっていたのだとか。
 ヤツメウナギはビタミンA(レチノイド)を大量に含むので目によいとされ、画面で疲れた目には必須。都内にも何軒かヤツメウナギを食べさせる店があるそうで、タクシードライバーの方々がよく行くそうです。
 フランス、ポルトガル、スペインなどではパイやシチューの材料として用いられ、ヤツメウナギの赤ワイン煮込み「ヤツメウナギのボルドー風 (Lamproie aux poireaux)」は有名で、旬である冬から春の季節限定料理なのだとか。なるほど、夏ではなく、冬から春にかけてね。鰻の旬も、実は夏ではなくて秋から冬の脂がのった時期なんだそうですよ。
 ロシアではヤツメウナギのマリネはザクースカ(冷たい前菜)に用いられるのだとか。マリネね、マリネ。
 そしてなんと。イングランド王ヘンリー1世の死因は、ヤツメウナギ料理の食べ過ぎなんだとか! 食べ過ぎるほど美味いのか? 
 
 というわけで。今年の夏は、以下の2つのメニューにチャレンジしてみようかと思っております。
1・「背徳の鰻、蜂蜜焼きマルティヌス風」
 鰻の白焼きに蜂蜜をからめてオーブンで焼けば作れそうな気がするんですが、胡椒もしくはマスタード風味っぽく。どちらにしろ、鰻にはこってりと甘辛い味が似合う。

2・「穴子のゼリー寄せヘンリー1世風」
 ヤツメウナギではなく穴子でチャレンジ。穴子は煮てゼラチンを加えてゼリー寄せに。そしてキュウリの薄切りを添えたサラダ仕立てはいかがでしょう?穴子とキュウリはあいますよ!
 
 とまあ、鰻を食べるお話を書いているわけなのですが、ユダヤ教の戒律にあるカシュルート(ユダヤ教の食事規定)によれば「水に住むうろこの無い物を食べてはならない」とされているため、ユダヤ教徒はタコ、イカ、エビ、貝、イルカ、クジラなどは食べちゃだめ。もちろん鰻も。イスラームでもそうみたいです。
 ただし、近年、鰻のあのぬるぬるした皮膚の下には細かい鱗があるということが発見され、鱗の無い魚から鱗のある魚に昇格したようです。しかしおそらく、戒律に厳しいユダヤ教徒は食べないと思われます。そもそも、鰻の血液は緑色だったでしょう?

 鰻の大量消費国といえばそりゃあ日本ですが、しかし、鰻を食べてはいけないという地域があるのは御存知でしょうか?
 たとえば三島。湧水の里で知られ、湿地も多く、古くから鰻が自生していた地域ですが、鰻は水神様の化身となるため、三嶋大社の神池の鰻の捕獲は固く禁じられていたということです。1697年(元禄10年)の「本朝食鑑」に記載されている「耳鰻」は、鰻にちょこっと耳というか角が生えたよう形で、これが明神の「使い魔」。。。じゃなかった「お使い」でございます。しかしこのような鰻は実際にはいないそうで、鰻ではなく、サンショウウオの姿を見間違えたのではないか、という説が有力ですが。
 
 とにかく三島では鰻を食べなかったのだそうですが、明治維新の時に薩長の兵が三島に宿泊、勝手に鰻を捕まえて食べてしまったのだとか。なのに神罰が当たらなかったため、それ以降、三島の人々も鰻を食べるようになったということです。
 たぶん昔、生鰻を食べた人が死んでしまったために「食べてはならない」という戒めが生まれ、それがずっと語り伝えられていただけなのかも知れません。とはいうものの。私はきっと三島で鰻は食べないだろうと思います。なにせ信心深いので…というのは嘘で、せっかくの昔からの言い伝えなんだからそのぐらい守ってもいいんじゃなかろうかというのと、薩長連合軍が禁忌を破ったというのがなんだなあ、というあたりで(三島では)食べないと決意!
 といっても結局のところ、罰当たりな食材ほど美味しいのかも知れませんけどね。   (占術研究家 秋月さやか)

※ 我が家が常食にしております鰻はこれ!(って、鰻ではないのですが)



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