2015年3月29日日曜日

流行り風邪には、「久松留守」よりも「生姜在宅」のほうが撃退の呪文になること間違いなく

そもそものはじまり
 先日、茨城へ行って叔母の家に一泊した次の朝のこと。起きぬけからどうも喉が痛い。と思ったら、足に力が入らないし、腰が痛いし、瞼も重い。…えっ?! もしかしたらインフルエンザ?!

 「具合悪いの?」と叔母は心配してくれたのだが、インフルエンザ菌保有者が老夫婦の家に長居して感染なんかさせたらとんでもないことなので、「じゃあ、帰るからね~」と、なんでもないふりをしつつ、さっさと車に乗る。約300キロ近い距離、元気な時ならなんということはないが、頭と瞼が重くてどうしようもないのをこらえながら、300キロの距離を運転するのはちょっと辛い。

そして生姜を買う 
 それでも帰る途中、スーパーを見つけて立ち寄り、生姜一袋を必死に探し出し、ついでにサプリ1本でお会計。風邪のひき始めはビタミンCと水分と、そして生姜!

 ガリガリとすりおろした生姜を椀に入れ、お吸い物のモトを入れてお湯を注ぐ。これで出来あがり。口の中がひりっとして、それから体がじんわりと温まってくるし、胃もなんとなくすっきりしてくる。これさえ飲んだら、あとは寝るだけ。そう、生姜のすりおろし入りの汁、これが風邪の特効薬!
 
 生姜(Ginger)。アジア原産の植物で、中世ヨーロッパではエデンの園由来の植物だと考えられていたらしい。生姜は高温多湿の熱帯地方でよく生育する。ヨーロッパではまったく育たなかったことから、輸入に頼っていたようで、そういえば、ミカエルマスの日には、生姜の砂糖漬けを食べるんだったっけか。生姜はあのカレーに入っている黄色い粉、ターメリック(うこん)の近縁種でもある。
 
 生姜の成分のジンゲロール(Gingerol)は乾燥するとさらに強い刺激を持つショウガオールとなる。というか、ジンジャーに含まれていたから⇒ジンゲロール、ショウガに含まれているから⇒ショウガオールって名づけられたわけですが。これらは、吐き気や頭痛を緩和し、なんと低体温状態を改善する効果があるという。さらには。関節リウマチの痛み緩和もしてくれるし、乗り物酔いにも効くらしい。もちろん、殺菌作用もある。なんともすごい薬効植物ではないですか。
 
 我が家では「しょうがない」という状況は好ましくないものとして、いつも冷蔵庫には生姜常備。アジの刺身に、厚揚げの焼いたのに、スーパーの割引の芋天に、生姜醤油は欠かせない食材。えっ?チューブの生姜があるって? う~ん、あれはだめです。苦いでしょ。

 どんなに面倒でも、生姜は都度、すりおろすに限ります。あの香りが、チューブの生姜にはありません。それに、香りも薬効のうち。揮発性の成分もあるから。

 
 とまあ、すっかりと和の食材になっている生姜だが、生姜は日本に大陸から渡ってきた帰化植物なのである。といっても、奈良時代にはすでに栽培されており、古事記にも記載があるから、有史前帰化植物というやつね。

 古くは「はじかみ」と呼ばれた。山椒を「ふさはじかみ」、生姜を「くれのはじかみ」と呼んでいたという。呉竹(くれたけ、はちく)のように、長く伸びる茎を意味する言葉から、「くれのはじかみ」となったのかも知れない。(推測)。で。はじかみって何?ということですが、辛くて顔をしかめる様を「はじかむ」と言っていたらしく、「はじかみ」は刺激的な味をあらわす言葉であるという。

(はじっこをおそるおそる噛むぐらい辛いのか?などという推測もしてみたのですが。ということは、もしかして、はにかむっていうのも、この系列の言葉なのか? ハニーカム!愛する人よおいで、が語源のわけはありませんからね。念のため。)
 
 大陸からは生姜だけでなく茗荷も渡ってきたのだが、香りの強い生姜を「兄香(せのか)」、香りの弱い茗荷を「妹香(めのか)」と呼び、それがいつの間にか「せのか⇒せうが⇒ショウガ」、「めのか⇒めうが⇒ミョウガ」となまっていったという説がある。

 ほほ~、ショウガが兄で、ミョウガが妹なのか。兄妹はちょっと苦しいな。従兄妹ぐらいならわかるのですが。まあ、谷中生姜に茗荷谷と、どちらも半日蔭の湿地、谷間を好んで生育する植物。生姜も茗荷も、日本の気候風土に合っていたらしく、いまでは、すっかりと和食には欠かせない食材になっているわけであります。
 
インフルエンザという流行病 
 さて、インフルエンザはヒポクラテスの時代からあった病で、日本では平安時代に「しはぶきやみ」という病名で呼ばれていたらしい。しはぶき、は咳のこと。咳をする病であるから、結核も肺炎も風邪も「しはぶきやみ」ではあるけれど。

 その中でも、いきなり発症してしかも大勢の人が感染するものが、江戸時代に「はやりかぜ」と呼ばれるようになる。流行り風。インフルエンザ菌は、空気中をうようよしているので、たしかに風が吹いただけで、菌は四方へ広がってしまうわけですよ。なるほど。
 
 そもそも、「インフルエンザ」は、16世紀のイタリアの占星術師(注・医者を兼任しているオカルティストのことを意味していると思われる)たちが、冬に流行し、春になると終息するという周期性から、それは星の運行の影響によって起こる病であると考えたようで(!)、「影響」を表すラテン語(influenctiacoeli)にちなんで「influenza」という病名にしたんだそうである。

 星の影響はないと思うが、しかし、彗星がインフルエンザ菌をまき散らすと言う説は今でもあったかと。

 インフルエンザには流感(流行性感冒)という呼び名もあるがごとく、とにかく、一時的に流行る病。まるで巷で話題になる流行的なエンタメ現象とも似通ったところがあるし、そうそう、恋もそうだった。恋も流行もインフルエンザも、発症すれば熱を上げ、熱が冷めれば、ほどなく病が治る。
 
 寛政年間、1792年頃に流行ったインフルエンザは、当時、流行っていたお芝居、「お染久松」にちなんで、「お染風」と呼ばれていたそうである。そう、お染久松は恋仲だったわけですね。油屋の一人娘お染が、許嫁がありながら丁稚の久松と恋に落ち、心中を遂げたという実際にあった事件(スキャンダル)を元にした物語なのであります。
 とにかく当たったお芝居ですから、巷はその芝居のうわさでもちきり。「ねえねえ、もう観た?」「観たわよ、久松かわいそう」「そうかしら、お光(久松の縁談相手)のほうが切ないわ」「ああ、恋って悲しいわ~」と、江戸時代の乙女たちが、熱を上げたラブストーリー、それが「お染久松」。いってみれば、江戸のロミオとジュリエット物語みたいなもの?
 
 そして、そのお芝居と同時期に流行ったのが、インフルエンザだったというわけですね。そこで、インフルエンザ除けのまじないが、「久松留守」の張り紙! 久松が留守だから、お染風は入って来るな、という意味なのだとか。
 
 その後、1890年(明治23)に大流行したインフルエンザも、「お染風」と呼ばれ続けたようです。インフルエンザの致死率はかなり高く、それこそ、まじないでもなんでもすがれるものならすがっておこう、という風潮だったようで、「久松留守」の貼り紙が復活。

 まあ、呪符というのは、そのもとの意味が何であるかよりも、使われ続けているということのほうが重要なのでありましょう。他にも「家内一統留守」という張り紙もあったらしい。
 といっても、いっそ、門口に乾燥した葛の根や生姜でも括りつけておいたほうが、はるかに効き目があったのではなかろうかと思う次第。そう、「久松留守」だけじゃ手ぬるい、「生姜在宅」という呪文を加えたらどうだろう、などと、熱のある頭で朦朧と考えてみる。
 
 インフルエンザは、進化する病である。大正時代に入り、1918年のスペイン風邪は世界的に流行し、インフルエンザの大流行(パンデミック)となる。日本では当時の人口が約5,500万人、そして死者の数39万人。その死者の中には、東京駅の設計を担当した辰野金吾、劇作家の島村抱月などの名前がある。松井須磨子は、抱月がインフルエンザでこの世を去った2ヶ月後に、後追い自殺をしている。「抱月留守」で、あの世まで追いかけて行ったという成り行き。死ぬまで醒めない恋もあるのだろう。
 
 さて、翌日、熱でふらふらしながら、インフルエンザかどうかの判定に私は病院へと出かけた。すごいね、鼻の中に綿棒を突っ込んでしばらくすると、インフルエンザかどうかが判定できるんだから。結果は陰性だったけれど、しかし、症状はインフルエンザ並みにすごくて、いやあ、久しぶりに抗生剤を服用しました。

 とにかく、人混みの中で感染してしまう危険性のあるインフルエンザはやっかいな病気で、マスクをしている人の姿も最近は増えたようですが、マスクと手洗いは必須。

流行情報にも感染しないように
 ところで、現在、インフルエンサーとは、世の中で人々の購買意思決定に影響を与える人のことを言うのだそうですね。タレントも作家も、流行を作り出す存在は、人々を感染させるインフルエンサーということなのだそうです。

 しかし、できれば、そういったものは距離をおいて眺めつつ、感染したくはない、少なくとも膏肓に入って欲しくはないと思う私でありました。SNSも、自分なりのフィルターをかけつつ、情報を取捨選択したいものですし、いっそのこと、乾燥させた生姜の根っこでも魔除けに持ち歩きましょうかね。                              (占術研究家 秋月さやか)



2015年1月20日火曜日

羊羹でアンチエイジング?! だって羊羹っていうのは…。その秘密はゼラチンにあり。

 羊羹。と書くと、ほとんどの人が、つややかな小豆羊羹を思いうかべるでしょう。日本では。もちろん、私も。
 しかし、羊羹って、なんで羊って書くのだろう、と疑問に思ったこと、ありませんか? 羊と羊羹の関連性? 羊羹を食べるたびに「羊ねえ」と疑問に思いながらも、食べ終わる頃には忘れてしまい・・・の繰り返し。しかし、このあたりで、そろそろはっきりさせたいと、本気になって調べてみたわけです。だって、羊年だし。まあ、羊年の話のネタに、お茶請けに、と思って。渋茶でも飲みながら。
 
 さて正解はというと・・・。羊羹とは、もともと、羊の煮汁を意味していたのだとか。なんと驚き! でも納得。羹(あつもの)は、本来、煮汁料理のことだから。
 「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」とは、日本の有名な諺。「羹(あつもの)」すなわち熱い汁料理のせいで火傷しそうになった人が、それ以来、膾(なます)、すなわち冷たいマリネを食べる前にも、ふうふう吹いて冷まそうとするようになってしまったという意味で、以前の失敗のせいで、とんでもなく用心深くなりすぎている様をたとえていう言葉…というのは、ここではどうでもよくて、とにかく羹(あつもの)は、汁がたっぷりの煮込み料理のこと。
 
 羊羹の本来の意味は羊汁。羊シチュー。羊肉を煮込んだシチューといえば、アイリッシュシチュー。アイリッシュシチューを漢字で書けば…羊羹なのか! 
 
 肉のシチューには、たっぷりとゼラチンが溶け込んでいる。古代中国の羊汁、羊羹は、骨どころか羊の内臓までもが入った、つまり羊のもつ煮汁というような料理だったらしい。ゼラチンを豊富に含んだスープは、冷えると固まり、煮凝りとなる。
 なるほど、古代の羊羹(羊汁)は、冷えるとぷるぷるに固まっていたというわけである。暖めればスープに、冷えればゼリーに。それが羊羹(羊汁)だったということ。
 ところで、ゼラチンで羊肉を固めた冷たい料理は、現代の中国料理にも存在している。ただし、その名称は羊羹ではなく、凍羊肉(トンヤンロウ)という。凍と書くが、氷点下まで凍らせているわけではなく、冷やしただけ。つまり、羊肉のゼラチン寄せのこと。薄く切って、オードブルに用いるのである。でもこれ、たぶんもともとは、羊のもつ煮を冷やして固めてスライスしたようなものだったのだろう。冬の夜、羊汁を寒い土間に置いといたら固まっちゃった、みたいな。

 たっぷりと煮汁に溶け込んだゼラチン。ゼラチンは、いまや料理、特にお菓子作りには欠かせない食材である。ヨーロッパでは、ナポレオンの時代頃に、牛豚の煮汁から取り出したゼラチンを料理に利用するようになったという。オードブルはもちろん、フルーツゼリーのようにデザート作りに使われ、大人気になったとか。透き通ってきらきらしているゼラチンは、眺めているだけでも楽しい食材だ。
 チキンハムにも、ゼラチンが固まっているようなぷるぷるの部分がついていることがある。透き通った塊を口に入れると、すっと溶けてスープになってしまう。
 
 さて、ゼラチンは、一般には豚や牛の皮や骨から抽出されたものを用いるが、羊由来だって可能なはずである。家畜の皮を煮込んで作る膠(にかわ)には、ゼラチンがたっぷりと含まれていて、これは食材だけではなく、接着剤としても使用されるもの。
 そして、ゼラチンは、アンチエイジングに最適の食材である。お肌つるつる、関節なめらか、すべてはゼラチン(コラーゲン)のおかげ!
 
 であれば、小豆を羊の煮汁で煮込んだものが、羊羹だったのか? 否。
 古い時代の日本、かつて「ようかん」は、蒸しようかんの手法で作られていた。小豆に、葛粉を混ぜ、竹の皮に包んで蒸し揚げる。冷めてから、竹皮を外して食するのである。つまり、葛粉という澱粉をつなぎにして小豆を固めるわけ。この古い製法で作っている菓子店が、いまだにどこかにあり、数年前に食したことがあるのだが、笹の葉に包んだ包を開けると、これが潰した小豆の素朴な味がストレートに舌にあたり、ほっこり、じんわり、ほんのりもっちりと美味しい。繋ぎの葛粉の食感はあまり感じられず、現在、流通している羊羹のように、つるつるしてはいない。
 澱粉で固める菓子といえば、室町時代に生まれた菓子である「ういろう」もその仲間だが、ただし「ういろう」は米粉と葛粉ををあわせて固めたお菓子であり、つまり、餅のようなもので、うにょん、どっしり、しっかりもっちり、で歯ごたえのある菓子である。基本、小豆餡は入らない。
 
 江戸時代に入ってから、羊羹には寒天が使われるようになった。寒天は、江戸時代に生まれた食材で、隠元禅師が、寒天の名づけ親だという説があるのだが、その材料は天草(てんぐさ)という海草。その海草を「ところてん」にし、「ところてん」を冬の寒風の中で凍らせて作るのが寒天。寒いところに晒して作るから寒天。寒天が、小豆をなめらかにつないで固める重要な役目を果たすのである。冷やすと固まる、その性質はまさにゼラチンと同じだが、ゼラチンとの違いは、寒天はいったん固まると、溶けないこと。そして、寒天が入るようになってから、ようかんは、つるつるするような食感になっていく。
 
 中国では、日本の羊羹に相当する菓子をなんと呼ぶかというと・・・。まったく同じものはないのでなんとも言えないけれど、「羹」と呼ぶこともある。ただし「羹」は、汁粉のような菓子も意味していたり、冷やして固めるゼリーのようなものを意味していたり、さまざまである。まさに、暖めれば汁に、冷えれば固まる、それが「羹」なのだろう。そう「羹」である。だから「小豆羹」でよかったわけですよ、日本のようかんは。なのに「羊羹」なんて…。そう、ネーミングが間違っていると思う。
 
 ところで、ゼリーといえば、香港名物亀ゼリーをご存知? 亀あるいはすっぽんを丸ごと煮て、煮汁を固めたもの。いってみれば、亀羹。亀ゼラチン、コラーゲンたっぷり。漢方薬屋の店先などで見かけることが多いのだが、缶詰で売っているものもある。「お肌つるつる、元気はつらつ」が売り文句で、若返りにも利く!などと勧められましたっけ。
 それは、ぷるんぷるん、もっちりの歯ごたえあるゼリーで、亀の臭みを消すためか薬草が入っており、その薬草の味が苦く、どうもデザートなどとはいえないようなお味なのだが、蜂蜜をかけて食べればいいんだとか。
 そしてゼラチン、コラーゲンといえば蛙コラーゲンも有名。こちらは蛙の皮下脂肪を乾燥させたもの・・・なんだそうですが、たしかにぷるぷるで、これもデザートによく使われる。それも、高級デザートに! でも、蛙羹とは書かなかったと思うけど。まあ、これ、日本ではあまり見かけませんが。
 
 さて、日本の話に戻って。手元にあった小豆羊羹の包み紙の材料表示を見てみましたら、小豆、砂糖、寒天、澱粉、ゼラチン・・・。なるほど、現代の羊羹には、寒天、澱粉だけでなく、ゼラチンが入っていることが多いのです。ただし、羊由来ではないのですが。





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2015年1月13日火曜日

「オープン・セサミ」すら唱えずに鍵があいてしまった奇跡の体験、世の中に1本きりの鍵なんてない

                   
 Open Sesame(開けゴマ)は、千一夜物語の中で、アリババが洞窟の扉の鍵をあけるのに使った呪文。
 一説によればあの台詞は「Open, says me」であり、単純に「開け!(と私は言う)」、いわば言魂として扉を開ける力があった、という説があるのだが、しかしその説が仮に正しいとしても、これはまったくウケない説である。つまり、このお話を読んだ人たちは、「オープン・セサミ」、開け胡麻!で、洞窟の扉が開くことを、望んでいるといってもいい。
 
 では、なぜゴマなのか? 
 胡麻の莢は、熟するとホウセンカのように種がはじけて開くという。だから、「開け!胡麻の(莢の)ように」という(照応論の)オマジナイの言葉なのだという説が、もっともらしいように思える。
 いやいや、胡麻は護摩に通じるのではないか、という説もあるらしい。つまり、ゴマというよりスパイス。スパイスの魔力で扉をあけよう、ということか。
 あるいは、胡麻パワー(セサミン)は、力の源だからという説。胡麻さえあれば、不可能も可能になるぐらいの元気が出るということなのか。

 
 ゴマ(胡麻、学名:Sesamum indicum)は、考古学の発掘調査によれば、紀元前3500年頃のインド、そしてオリエントが栽培ゴマの発祥地であるという。かつては日本でも栽培されていたのだが、それは当然のことながら、仏典や絹などと一緒に、日いずる国日本へとやってきたものなのだろう。経典と一緒にというあたりが、なにやら有り難く感じられるではないですか。
 しかし今、日本で胡麻の栽培をしているところは九州の一部ぐらいだという。どうりで。胡麻の花なんてみたことないわけだ。胡麻の花の写真を図鑑でみつけたが、シソの花のようである。それもそのはず、胡麻は紫蘇の親戚みたいな関係性にあたる。へ~、そう。と、わかる人にしかわからない駄洒落は置いといて。


 さて。人は自分の家のドアや金庫に鍵をかける。鍵の歴史は古く、最も古い鍵は紀元前2000年頃のエジプトで用いられていたものだという。物の所有の概念があるからこそ、人は財産を作り、富を蓄えるようになり、そして、鍵を必要とするようになっていったのである。動物の世界には鍵はないから。
 
 
 鍵と鍵穴。合う鍵を持っていれば鍵穴はあく。パスワードを正しく打ち込めばログインできる。しかし、合わない鍵を無理やりつっこんでも鍵は開かない。違っているパスワードを入力しても撥ねられる。が、金庫破りは鍵がなくても鍵穴を開けてしまう技術を駆使して行われる。パスワードに至っては、4ケタの数字であれば、1時間もかからずにパスワード破りができてしまうという。 とはいうものの、Open Sesame!の呪文なら、1発。そう、万能の呪文である。
 
 しかし、まったくの偶然で、Open Sesame!の呪文もなしに、鍵が開いてしまうこともあるのだ。本当に偶然に、一発で。そんな偶然に遭遇することって、生涯のうちにそう何度とはないと思うが、その奇跡のような瞬間に、私が遭遇してしまった実体験のお話をここに書こう。
 
 
 今から何年か前のこと、我が家の車を車検に出した。いつものディーラー。車検が終わって引き取りに行ったのは夕方過ぎ。工場がそろそろ閉まる頃だった。支払いを済ませ、工場の出入り口に回る。
「キーはつけてありますよ。」と工場長氏。わずか3日ほどしか預けていなかったにもかかわらず、「おお、無事にメンテナンスが終わって。」と、私はいそいそと車のドアを開ける。車内は掃除機+消臭剤シュッシュで、まことにさっぱりとしており、掃除嫌いな私としては、大助かり。「さて、帰るか。」と、3日ぶりの我が車に語りかけるように運転席に乗り込む。
 
 たしかにキーはついていた。しかし、そのキーには、ぬいぐるみキーホルダーが付いている。なにこれ?私のではない。サービスのつもりなのか。しかしそのキーホルダーは薄汚れていた。誰の?
 私は運転席のドアを開け、ちょっと離れた場所で書類をチェックしている工場長氏に呼び掛ける。
「あの~、このキーホルダーですけどお。」すると工場長氏が顔を上げる。「え?」
「このぬいぐるみのキーホルダー、私のじゃないですけどお。」「っていうことは、キー間違ったのかな?」と工場長氏。壁に掛けてあるキーをひととおりチェックしてから、「それですよ、間違ってないと思うけど…ちょっとエンジン掛けてみて?」
「ああ、そうですね。」果たしてエンジンはかかった。そう、かかってしまったのである。ということは・・・。これはうちの車のキーということだ。しかし、なんでこんなのがついてる?
 
「でもあの、とにかくこのぬいぐるみ、お返ししておきますよ」と、私はぬいぐるみキーホルダーを外しにかかる。なんだこれは?ウサギか?クマか?ネコかタヌキか?はたまたマシュマロか茹で卵かきのこか? それとも細菌か?よくわからんが、どうにもふにゃらけてばかっぽい顔のぬいぐるみである。そして、ずいぶんと外しにくいよ、これ。

「で…最初についていたキーホルダーは外しちゃったんですか? 最初についてたの、ほら、金属製のキーホルダー。あれつけて帰りたいんですが。」と私。

「え?ええっと、お預かりしたままですよ、何も外してないですよ。」「でも・・・これ、これは私のじゃないんですけど。」
「え?でも、エンジンかかったでしょ?」「はあ、まあ、確かに。でも、このぬいぐるみは外しますね。」

 ・・・キーホルダーを外しちゃったのか、しょうがない、なんでこんなものに替えたんだ? まあいいや、そんなに高いものではないから、いいよ、別なのを買おう。と私は考えながら、ぬいぐるみキーホルダーと格闘中。きーっ、外れないじゃないのよ。こいつ、ばかっぽいくせにっ! もうやだ。なにこれ。なんなのよ、そうだ、鋏はないか?鋏。

 どうでもいいことを必死にしようとしているとしかみえないおかしな客を、冷ややかに眺めながら工場長氏が、ぼそっと言った。
「ええとね、今、同じ車種がもう1台入っているんですけどね、ええと、○○君~。」と、工場長氏は、(別な用事を思い出したのか)整備士君を呼ぶ。
 つられて工場の奥に目をやれば、ほとんどうちの車と変わらないような車が1台。むこうのほうがグレーっぽいだろうか。見た目ほとんど似ている。同じ車種であるが、年式はちょっと違う。

 ふうん。私は何気なくその車に近づいていったのだが・・・。あれ?うちのカギじゃん。あの金属製キーホルダーは。
「あの、このキーですが。」「え?」「それです。」「え?だって…」と整備士君がキーを回す。その車のエンジンがかかる。
「いえ、それがうちのキーなんですが。」「え?だって、そちらの車はさっき、そっちのでエンジンがかかったでしょ?」
 
「ちょっとそのキーを貸してください。」(正しくは返してくださいであるが)
 客の言うことなので、拒否できないという雰囲気で、しぶしぶと整備士君が渡してきたキーをさしこんで回してみると・・・はたしてうちの車のエンジンはかかった。そりゃそうだ。これが、うちの車のキーなんだから。
 
「ありゃ。」とびっくり顔の工場長氏。「これね、きっとそちらの車のキーですよ」と私はぬいぐるみキーを渡す。半信半疑でキーを回す整備士君。すると、その車のエンジンもかかったのである。まあ、そりゃそうだ。キーはどちらも、あるべきところに戻ったのである。
「ありゃー。」
「ちょっと貸して」と、私はもう一度、キーを取り替えっこする。またしてもエンジンはかかった。それを見て、整備氏君もキーを回す。やはりエンジンはかかった。
 そう、ややこしい話だが、我が家の車と、よく似た車(注。車種は同じ)の間で、キーの取り替えっこが成立してしまったのだ。
 
「ちょっと・・・」工場長氏は、2本のキーを並べて、まじまじと見比べる。整備士君も覗きこむ。
「こんなことって…あるんですね。」と、工場長氏は、2本のキーを両手に1本ずつ持ち、蛍光灯の下にかざしつつ、左、右、左、右、左…と首を回して何回も見比べてから、はーっ、とため息をついた。そう、その2本のキーは同じパターンだったのである。
 
 車とキーとの関係性は1対1である。しかし、何万台もある車のすべてに、違うキーを作ることはできない。何万通りものキーを作ることになるからだ。聞いた話によれば、車のキーは、ひとつの車種に対し、2400パターン程度であるらしい。そう。もしも、2400本のキーをすべて揃えて、片っぱしから試したら、必ず開くということだ。しかし、同一地域で販売する同じ色の同じ年式の車2400台は、すべて違うキーとするそうである。
 その車と我が家の車は、色は似通っているけれど、年式はちょっと違う。違うのだが…。キーは同じパターンだった。そのキーが同じパターンの車が…。同一日に、同じ整備工場に入ったのである。しかも、同車種、2台きり。
 
「ううん、こんなことって、あるんですね。」「いやあ、まさかとは思ったけど」「キーパターン・ツインって言う感じですかね」
 3人は2本の鍵をかわるがわる手にとって見比べつつ、「ふ~ん」「へえ」「ほお」を連発。めったにない場面に遭遇して、ちょぴり感激した雰囲気。外はすでに真っ暗になり、整備工場の中が、まるで魔法のランプをたくさん灯した不思議の洞窟のように感じられたあの夜のこと。
 
 Open Sesame!の呪文もなしに、鍵が開いてしまった、そんな偶然に遭遇することって、生涯のうちにそう何度とはないと思う。その奇跡のような瞬間に、遭遇してしまった実体験のお話、ここにあり。   (秋月さやか)



2014年11月20日木曜日

米は炊くもの! おこげと日本の炊飯器の歴史秘話

 米、ご飯です。ご飯を炊く、米に水を入れて炊く。炊飯です。それは煮るではないのか、と(海外からやってきた友人たちに)聞かれることがありますが、「煮」ではありません。「炊」です。

 炊くは「焚く」に通じます。火を焚き、食物を炊くのが炊事です。
 「煮る」については、ぐつぐつ煮るというような言葉があるがごとく、煮込んで柔らかくすることを意味していますし、それは食べ物ではなくてもよいのです。糸を煮るなど。
 が、炊くは、食物に限られますし、火が通ったら出来あがり、なのです。米は炊く。煮込んだら粥になってしまいます。
 粥を炊くという言い方を関西文化圏ではするようですが、粥は煮るもの。

 炊事っていったら、基本、米を炊くことでしょ。だから、パエリアは炊く、リゾットは煮るだよね、と私は説明しています。といっても、リゾットを炊くと主張する方もいて、時々、首を傾げられてしまうのも事実ではありますが。ニホンゴムズカシイネ。

 「炊」って、火に欠ける、です。土に欠けるは「坎」です。土に穴があいて、水がたまるという意味が坎なのです、易でご存知の通り。ということは、火の中に器を入れるのが炊なんじゃなかろうかと思うわけです。漢字の起源をちゃんと調べたわけではなく、私の想像ですけどね。

 さて、前座のお話が長くなってしまいましたが、「炊飯器」の話題です。炊飯器は、日本の家電メーカーが作成しました。米を食べる国、そして、家電技術力を持った国、日本が世界で最初に炊飯器を作りました。

 私の父は、家電メーカーの技術系サラリーマンでした。私が子供の頃の話ですが、父は東南アジア向けの炊飯器の試作プロジェクトに関わっていました。そのプロジェクトで行われていたことは、炊飯器の底におこげを作ることです。「おこげ」です。炊飯器で炊いたご飯におこげはできません。それが炊飯器のすごいところです。

 かつて、釜で米を炊いていた時代、おこげが出来るのはあたりまえでしたが、問題はそのおこげの程度。うっすらと茶色にできるおこげを好む方は多いのですが、釜に接したところには、炭米に近い部分が出来てしまうのです。水加減を失敗すると、本当に焦げて、がりがりの炭米の部分がたくさん出来てしまうのですね。
 北関東の祖母の実家には、古い竈があり、大きな釜があって、そんな話を祖母から聞いたことがあります。竈と釜でご飯を炊いたこと、実は私はあるんですね。まあ、小さな客人が来たというので、イベントとしてやっていただいたようなものなのですが。そして、釜の底にがりがりについた炭米を取るには、釜に水を入れて沸かすのです。

 が、この焦げ米、なんと、懐石の最後に出てくる、湯桶に使用されているものでもあります。湯桶は、「ゆおけ」ではなく「ゆとう」と読みます。風呂屋にあるケリロン桶ではありませんので、念のため。
 「ゆおけ」と混同されるのが嫌なのでしょうか、最近は湯斗と書くことが多いようでして、では湯斗(湯桶)とはなにかといえば、焦げ米(最近は炒り米を使用)とお湯を、ご飯にかけて湯漬けにしていただくもの、です。
 といっても、私は懐石の最後には、炒り米の入ったお茶?を最後に飲んで締めくくりなんだなあ、と、ずっと思っていたわけですね。あれ、本当は湯漬け用のお湯だったのか~。まあいずれにせよ、釜に残った焦げ米を最後までいただくというものが湯斗です。
 ついでですが、お茶漬けって、釜に残ったお焦げご飯にお湯をぶっかけて食べていたのが起源だと思います。お茶漬けのもとにはアラレのようなものが入っていますが、あれ、焦げ米の代わりですね。

 とにかく、下手におこげなど作ってしまうと、米が炭化して食えなくなってしまう恐れがあり、そこに、おこげができない炊飯器が登場したわけですから・・・。まったくおこげのできない炊飯器! 偉大!

 しかしこの炊飯器、東南アジアでは大不評だったそうです。「うっすら茶色のおこげのできるご飯」じゃなくては、おいしくない。おこげのできないご飯なんて、不味いということで、売れなかったんだそうですね。タイなどでは、鍋で米を煮る状態に近い炊き方をしますが、底は、うっすらおこげ状態です。
 というわけで。「おこげのできる炊飯器を作れ」の指令が、家電メーカーの開発室に発令されました。

 「それがなあ、面倒なんだ」と私の父は言いました。簡単に説明すると、おこげを作るためには、高熱が必要、つまり、消費電力が増えるのだそうです。しかもその消費電力に耐えられる構造にしなくちゃならん、というわけで、国内生産用とは別のラインを立ち上げる必要があるとかなんとか、そういう話だったと思います。
 そんなこんなの末に、おこげのできる電気炊飯器がめでたく完成し、父は、東南アジア方面の長期の海外出張に出かけていきました。

 我が家は当時、父一人娘一人の父子家庭。父が出張に出かけた後の家に、中学生の私は一人暮らしで、毎晩、電気炊飯器でご飯を炊いていました。まあ、海外出張でなくても、父は帰りが遅く、ほとんど私が寝る頃に帰ってきていましたから。
 父は東南アジアの後は、アメリカ南部へと、またまた長期出張に出かけて行きました。アメリカ南部では、米のメニューが多いのだそうです。デニーズのジャンバラヤみたいなメニューですね。当時、南部のどこかの州のTV局に出演したと言っていましたっけ。

 「おこげのできる炊飯器、今度家に持ってきて」と私が言ったら、「おまえ、おこげ好きなのか? 焼きおにぎりのほうがうまいぞ」と。
 父は、日曜日には昼までずっと寝ており、昼過ぎにのそのそと起きだして、前夜の残りごはんで焼きおにぎりを作るのが趣味でした。柔らかいご飯では焼きおにぎりはうまくできませんから、私はいつしか、土曜日の夜は固いご飯を炊くようになっていました。水を1割減らしめにしてしっかりと炊いておけば、次の日の焼きおにぎりは、それはそれはおいしくできるのです。日曜日の午後は焼きおにぎり。

 でも、新米の時期になると、これがなかなかうまくできないのです。新米は水分含有量が多いので。「米が柔らかいから、焼きおにぎりがうまくできなかったんだ、これ、茶漬けにして食っちゃおう」と、そんな時がありました。飲み屋で出てくる「焼きおにぎり茶漬け」っていうやつですね。
 飲み屋でもないのに、そんなメニューが日曜日の我が家の定番。しかも、新米の季節は、シャケの季節だったりもしまして、焼きおにぎりシャケ茶漬けというのを、よくやりましたっけね。
 
 あの炊飯器・・・電気釜と呼んでいましたが、私が幼稚園の頃に我が家にやってきて、私が家を出る時にも持って行って、(その電気釜じゃなきゃ、好みのご飯が炊けなかったからですが)、そして私が30代になるまでずっと使いました。25年以上使ったことになります。
 
 あれから時が流れて・・・
 今や炊飯器は、万能調理機になったようです。ご飯を炊くだけではなく、煮込み料理もできれば、ケーキも焼けるんですって。もしかしたらもう、炊飯器って言わないのかも、ですね。

※写真は竈と釜です。開成町の郷土資料館で撮影。




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2014年10月12日日曜日

「悪魔の林檎」を食べたヒロインは永遠の眠りに。ああ、恐ろしきソラニンの呪い。

 悪魔の林檎とは・・・そう、じゃがいも。
 じゃがいもを薄くスライスして水にさらしたものを口に入れてみると、なぜ林檎なのか、その理由はすぐにわかるはず。なるほど、歯触りがまるでりんごそっくり。ただし、じゃがいもの生食はお薦めしませんけどね。
 
 じゃがいもの本格的な収穫は秋。大地から堀りあげた芋を保存し、越冬のための食料とする。でんぷん質たっぷりのほくほくしたじゃがいも! スライスして油で揚げたものは、フライドポテトチップス。みんな大好き、じゃがいもメニュー! いまやじゃがいものない国なんて、どこにもなんじゃないかしら。
 
 しかし、本来、じゃがいもは新大陸にしかない植物であった。チチカカ湖のあたりが原産地で、それがスペインの侵略により、ヨーロッパへと運ばれることになる。
 が、この芋にはひとつだけ問題があった。それもかなり深刻な問題が…。
 それは緑色になったじゃがいもの皮に含まれる有毒物質ソラニン(ポテトグリコアルカロイド solanine) 。ソラニン中毒は、嘔吐、下痢、腹痛、目眩、動悸、耳鳴、幻覚、痙攣、呼吸困難。そしてひどい時は死に至る。
 ソラニンはじゃがいもの皮、芽、さらには種にも含まれる。じゃがいもの種とは花が咲いた後に結実する緑色の卵状の実で、ソラニンたっぶりの有毒実なので、食べられません。簡単な話、地上に出たじゃがいもはすべて有毒だと思ってください。(地上に出ようとして発芽しつつある芽も有毒ということ。)
 
 南米の現地人は収穫した芋を凍らせ(というより、低温で凍ってしまうため)、水分を抜いた状態で乾燥させる。凍らせてから乾燥した芋であれば、保存しているうちに芽が出ることはないし、皮が緑化することもなく、ソラニンは生成されない。が、堀りとった後、太陽に当てたり、あるいは湿気や温度などの発芽条件が満たされた場所に置いておくと、当然、皮が緑色になり、芽を出してソラニンが生成されてしまうことになる。
 というわけで、新大陸の珍しい芋は、スペインに運ぶ船の中で芽を出してしまい、それを食べた船員がソラニン中毒となり、さっそく「悪魔の植物」と恐れられることになった。
 しかし、緑色になった皮や芽に含まれる有毒物質ソラニンのせいで中毒したのだとは誰も知らなかったので、あいかわらず人々は緑色になってしまった皮や発芽した芽を食べて中毒することも当然起こり、なぜ中毒するのかがわからず、「運が悪いと中毒する」ぐらいにしか考えられなかったようである。
 そのうえ、じゃがいもは聖書には載っていない食物、なぜならユーラシア、ヨーロッパにはなかった植物であるから載っているわけなどなのだが、聖書に載っていない→神が創ったわけではない、だから悪魔の植物。と、そのような連想にもなったらしい。
 
 ところで、日本でも、毎年数十人は、このじゃがいも中毒になります。じゃがいもを食べる時には気をつけて! じゃがいもの芽は取って、緑色になってしまった皮は剥いて!
 もう10年以上前の雑誌の投稿欄で、私は痛ましい記事を読んでしまったことがある。投稿者は北海道にひっこしした若い女性。「毎日、おいしいじゃがいもを食べて暮らしていたのに、それが原因で流産、知らなかった、じゃがいもの芽が毒だなんて。」と綴られたその文章に、私はびっくりしたと同時に、「なぜ、彼女はじゃがいもの芽が毒だと知らずに育ってしまったのだろう」と、やるせない気持ちになってしまった。つまり、その女性は、じゃがいもの芽が毒であることを教わらずに大人になってしまった、ということです。本当であれば、小学校の授業で教えるべき内容ではないでしょうか。親が教えればいいだろうと言ったところで、その女性の親が、コンビニの冷凍食品とファストフードのフライドポテトしかみたことがなかったとしたら、知らないことは教えようがありません。そう、昔、じゃがいもの芽を平気で食べて中毒してしまったヨーロッパの農民たちのように。
 
 ソラニンは太陽の光に当たると生成されますので、まずは芋を太陽の光に当てないこと。
 しかし太陽の光にあてずとも、温かな暗所で芋を長期保存すればやはり芽が出てきてしまうため、暗く冷たいところに閉じ込めておかなきゃだめです。望ましいのは気温5度以下。つまり、じゃがいもは地下冥界の食べ物であると心得るべし!
 
 なお、じゃがいもの芽を出さないようにする方法として、エチレンガスによる発芽抑制がありますが、つまり林檎と一緒にして保存すると発芽しにくくなるというもの。
 また、じゃがいもを170℃以上の油で揚げるとソラニンが分解するという報告があり、フライドポテトは食べ方としては安全側になるのかとは思いますが、しかし完全にソラニンが分解するわけではないので、やはりじゃがいもの緑色と芽は危険と覚えておいてください。
 
 有毒植物というのは、動物や虫類に食べられないように毒を作りだして自衛するという仕組み。毒はたいていの場合は苦みを伴い、動物が口に入れた途端に、「苦いじゃん、ぺっ」と吐きださせるようになっているわけですが、まずいぐらいではめげないこともあるため、さらに毒性を備えているというわけで、「これ食べて苦しくなってひどいことになったから食べない」という学習を動物たちにさせることで、結果的に身を護る。食用になんてされない、それは素晴らしい自衛。…のはずだったのですが。
 
 魔法使いが差し出した林檎は、ソラニンがたっぷりの緑色をした「悪魔の林檎」でした。「まあ、なんて新鮮でおいしそう。」
 「悪魔の林檎」を食べたヒロインは、あわれ永遠の眠りについてしまいます。王子様のキスで目覚める…なんていう生易しい呪いではありません。これで人々はもう「悪魔の林檎」を恐れ、食べることはないだろう。魔法使いはそう思ったのですが…。
 ソラニンの呪いを破る方法とは、陽の光に当てないこと。ソラニンを取り除くこと! ソラニンの呪いが解けたでんぷん質の、なんと美味しいこと! そしてフライドポテトは、世界中のアミューズメントパークで人気のスナックとなりましたとさ。
        (占術研究家 秋月さやか)








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昼下がりのラタトゥイユは、マンドラゴラの白昼夢を見せるか

 夏野菜。といったら、トマト、茄子にズッキーニ。色とりどり、輝くばかりのアントシアニン!

 
 さて、茄子の原産地はインド、つまり天竺。中国を経て日本へやってきたのが1000年以上も前のことだというから、飛鳥時代にはまだ茄子は日本にはなく、聖徳太子も茄子などという植物が世の中に存在することを知らなかったに違いない。
 茄子は平安時代の終わり頃にやってきた外来植物である。茄子のぬか漬けも焼き茄子も、飛鳥時代にはまだなく、茄子紺という色も、平安時代末期以降に生まれた色名ということになる。

 で、夏に実がなるので「夏実」(なつみ)と呼んでいたのが、いつの間にか「なすび」になったという。夏実というがごとく、茄子は夏によく実る。「秋ナスは嫁に食わすな」という諺は、茄子が体を冷やすことから生まれたという説があるが、なるほど、夏の盛りに実を結ぶ植物には、たいてい体を冷やす働きがあるのだそうだ。
 
 ところで、トマトの原産地はアンデスで、昔はトマト属( Lycopersicon)として独立して分類されていたのだが、今では茄子の仲間。トマトは日本名では、唐柿(とうし)、赤茄子(あかなす)、小金瓜(こがねうり)などと呼ばれ、柿だか茄子だか瓜だか、よくわからないのだが、種類的には茄子の親戚という感じになるらしい。
 
 そして、茄子といえばマンドラゴラ! そう、ナス科マンドラゴラ。これは古くから中国西部から地中海にかけて分布していた植物で、なにせ、旧約聖書にも登場するぐらい。マンドラゴラには、恋なすび、とかいう異名があるらしいのだが、それは、春咲き種(M. officinarum)と秋咲き種(M. autumnalis)があり、伝説では春咲きが雄、秋咲きが雌とみなされたことからきているのではないか、とされる。まあ、根っこは足やら手やらが生えてひからびた生き物のように見えなくもない。


 茄子の仲間といっても、茄子からはかなり遠縁の関係性であるのだが、花はたしかに茄子の花のようでもあり、丸っこい実は、なるほどエッグプラント、卵のようにも見える。

 マンドラゴラの実は、毒性があり、麻酔薬とか、下剤として使用していたようであるが、食用などにはもちろんしない。植物性アルカロイド毒、含有。オカルトショップに行けば、乾燥させた根っこを売ってるが、マンドラゴラの場合、毒性が強いのはその根。取扱注意であり、もちろん食品としての販売はしていないし、自家用で薬として煎じるのもNGである。

 マンドラゴラは、魔術や錬金術の話には必ずと言っていいほど登場する植物。引き抜くと悲鳴を上げて、まともに聞いた人間は発狂して死んでしまうという伝説があるのだが、それはまったくの嘘で、耳栓をして黒い犬にひっこぬかせるというまことしやかに書かれている方法も、そんな必要はまったくなし。
 かつて、カルタゴの軍勢が撤退する時にマンドラゴラ入りのワインを残してゆき、街に入ってきた敵軍が毒ワインを飲んで眠りこけたところを襲って勝利を収めたという話があり、だいたい飲んだほうも飲んだほうだが、そんな伝説のある恐ろしい有毒植物なのである。魔力が宿ってるかどうかはわからないが、毒はたしかにある。それは間違いない。

 しかし、マンドラゴラの実のほうなら、毒性を弱めて、食用に改良できるかも知れない。そう、50年ぐらいかければ、不可能な話ではないのかも知れない。おいしいかどうかはよくわからねど、マンドラゴラというネームバリューで、ちょっとは売れそうな気もするわけである。な・に・せ・媚薬。
 そういえば、茄子の実も、昔は、今よりも毒性が強かったようである。野菜はたいていがそうで、畑で栽培するようになってからだんだんと改良されて無毒になり、食用になっていく。野菜はすべてがそのようにして、何百年もかけて毒性を薄めて食用にしてきたといってもいい。が、それに伴って、薬効も低下してくる。そしておそらく魔力も低下してしまうのだろう。
 
  「親の説教となすびの花には千にひとつの無駄もない」などというがごとく、茄子は結実率がよろしい。さすが、多産の象徴だけのことはある。植えてさえおけば、実がなるといって、家庭菜園の人気品種の一つでもある。ただし、日照がないと、まず花が咲かないんですけどね。つぼみのうちに落ちてしまいます。マンドラゴラが茄子の仲間ということは、茄子もマンドラゴラの近縁種ということ、もしかしたら平安の女性たちが恋のまじないに使ったとしても、まったく不思議はないような気がしたのだが、しかし、どこを探しても、そんな伝承はなかった。残念。
 
 さて、我が家のラタトゥイユは、茄子を炒め、そこにピーマンとニンニクとトマト、ズッキーニを入れる。コンソメを1個入れて煮込み、出来上がったら冷蔵庫で冷やす。食べる前にオリーブオイルをかける。ただそれだけ。茹でたスパゲッティなどを混ぜて皿に盛るだけで、冷たいラタトゥイユ・パスタの出来上がり。もちろん、幻覚作用もなければ、媚薬効果もない、ごくごく普通のラタトゥイユですけどね。
 でも、マンドラゴラの近縁種ですから・・・輝くばかりのアントシアニンには、ちょっとだけ若返り効果があるのかも知れない、などと考えてみたくはなりますが。     (占術研究家 秋月さやか)






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2014年9月27日土曜日

ホップは眠り誘う香り、セレスの力を助け、夢の世界へと誘う

「楽しみ、それはビール。苦しみ、それは遠征。」古代メソポタミアの言い伝え。

 が。現代のビールは苦い。ホップが入っているから。ホップ入りのものをビール(Beer)、ホップなしのものをエール(Ale)と呼ぶことが一般的なようである。そして、古代のビールは、ホップなしで、わりと甘い飲み物だった、という説が有力。
 
 紀元前3000年には、すでにビールがあったという。(つまり、それより以前からあったということ。)

 そして、これは大変重要なことであるが!!!
 古代メソポタミアでは、ビールを飲むのは人間の証だと考えられていた。
 ギルガメッシュ叙事詩に登場する怪物エンキドゥは、体を洗い、ビールを飲んで酩酊し、人間になる。つまり、酩酊によって人間の心を与えられたと考えてもよいのではないだろうか。酩酊が神との交流(一種のトランス状態)をもたらしたり、想像力を刺激し、ひらめきをもたらす。
 さらには、気分を劇的に変えて時には別人のようなふるまいかたさえすることもあり、それは他からみたら、他の人格が憑依したように見えることすらあったに違いない。しかも、酔いがさめると、本人にはその記憶がまったくないわけだから、それは自分にはコントロールできない精神世界を体験してしまうことでもある。酩酊だけでなく、夢の世界も、同様に精神世界参入体験である。

(怪物エンキドゥはおそらく原人だったのだろう。が。となると、猿酒を飲んで酔っぱらう猿は、すでに人間に足を踏み入れていると考えてもいいのかも知れず。)
 
 ビールは麦で作る。古代、野生の麦の収穫は、秋分を過ぎた頃だったという。麦の女神であるセレスは、デメテールと同一視されたが、穀物を実らせる豊穣の女神でもあると同時に、冥界の女神でもある。シアリーズ、つまり、シリアルの語源となる名称を持つ女神。

 そして、ビール作りには、セレスの力が必要である。セレスの力というのは、すなわち発酵。発酵と腐敗は紙一重。酵母による発酵は、人類の食文化にとって、どれほど貴重なものであったか!
 古代のビールの作り方は、麦を発芽するまで水に浸し、乾燥させ、挽き、水を加えてイースト(古英語ではGiest。ゲスト、客人。)の力によって発酵させるというもの。
 
 その後、麦汁を腐りにくくするために、ホップが加えられるようになった。ホップには雑菌を抑える働きがある。ホップの原産はカスピ海のあたりで、紀元前から野生のホップが自生していたため、メソポタミア地方では、かなり古くから野生ホップがビールに加えられていたという説もある。が、はたしてこの説はどこまで信憑性があるのかは私には分からない。
 ヨーロッパのビールにホップを加えるようにしたのは、修道女ヒルデガルドだという説がある。が、ドイツのヴァイエンシュテファンのベネディクト修道院にある記録によれば、ホップをビールに入れるようになったのはそれよりも400年も前、西暦736年であるという。
 どうも、いろいろな説があるらしいが、記録が残っているという点で、ヴァイエンシュテファンのベネディクト修道院説が有力であるような気がする。
 
 ホップの代わりに、トネリコの葉、ねずの実、イラクサ、チコリ、ルピナス、エニシダが加えられていた時代もあるし、いまだに、それらの薬草を使用して香り付けがなされているビールもある。
 しかしイギリスでは、エニシダやホップをビールに加えることを禁止していた時代もあった。エニシダやホップには、幻覚作用がある、けしからぬ飲み物だ、というのである。まあ、酒なんて、けしからぬといえばけしからぬ嗜好飲料だけど。ヘンリー8世は、ホップを毒草として使用を禁止した。そう、魔女たちの薬草というわけだ。
 
 というホップの効用としては・・・。
 エストロゲン様作用による更年期障害の改善、睡眠時間延長作用、鎮静作用、胃液の分泌増加作用、イソフムロンの肥満予防効果。
 サッポロビールによれば、ホップ抽出物にホップフラボノール(名前からして、ポリフェノールの一種)に花粉症を軽減する効果があることが突き止められたという。さらには!京都大との共同研究チームが、ホップにはアルツハイマー型認知症の予防効果があることを確かめたと、米科学誌プロスワンに発表した!!
 
 おお、すごいじゃないですか。ホップ。

 おバカな取引先にいらつき、ランチにたべた油物が胃にもたれ、どうも最近体重が増え、もう若くはないわと鏡を眺め、心配事が増えてよく眠れない、というそこのあなた!(&私)、さあ、ビールを飲もうではないか! そして飲んだらぐっすりとおやすみなさいませ。おっと、トイレに行ってから、ね。
 
 おまけ。ホップには、幻覚作用があると言い伝えられている。なにせ、アサ科の植物だから。イギリスでヘンリー8世が毒草だとしたその理由こそ、この幻覚作用である。ただし、ホントにあるかどうかは私はわからない。わからないけれど・・・安眠できたら、きっと楽しい夢がみられるのではないだろうか。
 ホップピロウというのは、乾燥したホップの花びら(ただし、これは毬花といって花弁とはちょっと違う部分だが)を詰めた枕。いわば安眠のおまじない枕。乾燥ホップを枕元に置いても、もちろん同様の効果はあるに違いない。   (秋月さやか)
 

※ 写真は山地に自生するカラハナソウ。ホップの仲間。ホップほど苦くなく、また、香りも弱い。鹿が食べてしまうことがある。なるほど、鹿も安眠したいのか。



参考文献:世界を変えた6つの飲み物 トム・スタンデージ 新井祟嗣訳 インターシフト
参考文献:世界史を変えた50の植物 ビル・ローズ 柴田譲治訳 原書房
参考文献:神々の糧 テレンス・マッケナ 小山田義文・中村功訳 第三書館


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