2013年10月28日月曜日

夢の噂は密やかに、都人の間を羽ばたく 重盛の夢、揚羽蝶の夢

 平家の家紋、揚羽蝶。蝶がさなぎから孵化する、その変容の力、再生能力にあやかったとされます。
 さらに、蝶といえば、現実と幻、あの世とこの世を行き来する力を持った生き物。現世の栄華だけでなく、極楽往生を願った清盛には、いかにもふさわしい紋のように思えます。
 
 さなぎは眠っているのでしょうか。眠りながら夢をみているのでしょうか。たしかに、さなぎから抜け出る蝶は、目覚めたかのようです。が、羽を持って飛び回る蝶もまた、まるで夢の中を飛び回っているように見えるのです。
 
 さて、夢の話をしましょう。平重盛が病を得た頃、都人たちの間に、ある噂が囁かれるようになったといいます。それは、重盛の夢の話です。
「伊豆の明神に詣でたところ、門の脇に生々しい坊主首がさらされているので誰の首かと訊ねると、あれは前の太政入道殿(清盛)の御首にて候、と僧が答えた」
 しかもそのような恐ろしげな夢を、重盛だけでなく、同じ夜に、家臣の妹尾兼康もみた、というのです。重盛が生きていた間のことですから、当然、清盛もまだ存命です。
 
 これは、「2人同夢」です。2人同夢は、古くから、神仏の告げる夢であり、正夢となると信じられていました。夢は、本来、プライベートなもの。しかし、2人以上の人が同じ夢をみるとしたら、それは神仏からの公式発表であると考えられました。公式発表だからこそ、ひとりだけではなく、2人以上の人がみることができるというわけです。

「恐ろしい話ではないか、小松殿(重盛)と家臣が同じ夢をみたそうな、その夢というのが…」と都人たちが囁きあったというわけなのですが…。
 しかし、考えてもみてください。もしも重盛が本当にそんな夢をみてしまったとしたら、隠すと思いませんか? まあ、家臣と陰陽師には打ち明けるでしょうか。陰陽師は職務上の守秘義務があるので、どう考えても漏れるわけなどないのですが…。

 と考えてみると、これは人々の願望として生み出された噂話だったと考えるのが自然です。実際に重盛がそのような夢をみたわけではないのでしょう。誰が言い出したのかはわかりませんが、そうなってくれたらいいなあ、という民衆の願いが、夢の噂になって流布していったのです。
 「2人同夢」は叶う、と、人々が信じたことにより、それは、さらに実現に向かいやすくなったのではないでしょうか。つまり、これは都人たちが、夢の噂で世の中を操作しようとした一種の呪術なのかも知れない、という気がします。ドリカム平家物語バージョン。

※ 参考文献「新・平家物語2」


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