2013年10月30日水曜日

金砂郷の山中、ヒデヨシは猿に酒を振舞われ、感涙に咽ぶ

 秋の野山にいろいろな木の実。たわわに実る、つややかな色。
 猿は、その木の実を集めて木の洞に溜め込む。食べるために貯蔵しておくのだが、そのままほったらかしにしているうちに、木の実が醗酵して酒になるという。これが猿酒。山中で偶然発見されることがあると言い伝えられている、幻の酒である。が、猿は頭がいい。猿酒が美味いとなれば、木の実をせっせと木の洞に溜め込んで、酒にするかも知れない。

 さて、時は1180年、旧暦十一月半ば。たぶん太陽暦では12月に入っていたのだろう。場所は金砂郷の山中。(現・茨城県北部)。
 すでに紅葉は散り、寂しい岩肌が目立つ冬の景色。袋田の滝はまだ凍ってはいないが、下流の岸辺にはすでに薄氷が張り始めていたに違いない。
 
「頼朝、許すまじっ!…ううっ、うっ、うっ…;;」
「ウキキッ、ヒデヨシ様、泣いちゃいけません、男の子でしょ!キキッ」
「う・・・すまん、つい…ぐすっ…」
「キキッ、一杯呑んで、景気つけてくださいっ!ほら、ぐっと!ウキーッ!」
「かたじけない、猿殿!」
「ムキキ、マツタケが焼けましたよ!キキッ、いい匂い!」
「う、うっ、美味い、美味いぞ、ぐすっ…。;;うぇ~ん…う、美味いっ!」
 
 焚き火の側で泣いているのはヒデヨシである。ただしヒデヨシといっても、秀吉ではない。もちろん、アタゴオルのヒデヨシでもない。佐竹秀義、佐竹のヒデヨシ様のことである。そして、ヒデヨシに酒を勧めているのは猿!

 佐竹ヒデヨシは、金砂城の戦いで、源頼朝に敗北。わずか数名の供のみで、金砂郷の山中を敗走中。冬の山中、食べ物などなく、いずれ餓死か凍死だろうと思われていたらしいのだが…。が、なんと、佐竹ヒデヨシは逃げ延びる。伝承によれば、ヒデヨシを慕った猿たちが、食べ物を差し出したというのである。
 つまり、佐竹ヒデヨシは、猿に食べ物を恵んでもらった、ということになっているのですね。伝承には食べ物を恵んでもらったとしか書いてありませんが、きっと、酒も焚き火も温泉もあったのではないかしら、と思うわけです。

 焚き火を前に「…猿に何言ってもわからない」とつぶやく缶コーヒーのCMがありましたが、佐竹ヒデヨシは、話せる猿と杯を酌み交わしつつ、1180年の冬を耐え忍んだのでありま~す。
 
 しかしこの伝承、たぶん、食べ物を恵んでくれたのは猿ではないと思われます。そう、村人です。どう考えても、村人。が、下手に敗軍の将をかばい立てなどしたら、村人も罪に問われてしまう。佐竹ヒデヨシは、それを考え、「猿に食べ物を恵んでもらったのじゃ」と語ったのではないでしょうか。それなら、万が一、頼朝軍に捕まっても、村人に罪は及ばず。


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